今日、デニムは日本国内の小さなマイノリティーブランドからヨーロッパのビッグメゾンまでがリリースする、ワールドスタンダードなプロダクトになっています。しかし1940年代まではデニムは労働者のユニフォームとして用いられ、ファッションとして取り入れている人はほとんどいませんでした。
1950年代初頭になり、デニムが少しずつファッションとして取り入れられ始めました。そんなデニムがファッションとして受け入れられつつあった過渡期に、リーバイスからデニムのタキシードが生まれたのです。とはいえワークデニムとしてのイメージがまだまだ強かった時代に、なぜこのような洒落たアイテムが生まれたのでしょう。その希少なヴィンテージの裏に隠れたひとつの物語を紹介します。
アメリカを代表するミュージシャンでハリウッド俳優としても活躍した、エルビス・プレスリーやビートルズとも並ぶスーパースターがいます。その名もビング・クロスビー。彼はリーバイスからスポンサー契約を受けていたカントリーミュージシャンでした。 ある日、彼は上下ともにリーバイスを着用したスタイルで、ホテルにチェックインしようとしました。しかし、カジュアルすぎるというホテルマンからの指摘で宿泊が認められませんでした。このような仕打ちを受けたことにクロスビーは激怒し、即座にリーバイスのデニムのせいだと苦情を入れました。 |