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『テイルウインド』
ナイキは元々、革新的なシューズメーカーだった。初期にはワッフルを作る調理器具でスニーカーのアウトソールを作り、ナイロンなどの新素材を積極的にスニーカーに取り入れて、今までにないスニーカーを開発していた。
最近でも、エアマックス360という「エア」だけでソールを形成するという、全く新しいスニーカーを作り出した。
そんな革新的なナイキの中でも、最もナイキの名を世間に広め、その後のナイキの方向付けをしたスニーカーが『テイルウインド』である。

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『テイルウインド』は1978年に世界初の「エア」搭載スニーカーとして、12月のホノルルマラソンに合わせて、デビューした。
「エア」システムは、NASAの研究員だったフランク・ルディと友人であるボブ・ボガードが考案した。ナイキはこの発明にいち早く飛びつき、試行錯誤の末、ミッドソールにウレタン素材を使用し、「エア」を取り込むことでスニーカーに搭載するのに成功した。 |
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しかし、発売したばかりの頃の『テイルウインド』は、とんでもない不良品だった。購入して、しばらく使うと、シューズのアッパーとソールが剥がれてしまったのだ。
原因は、初期の『テイルウインド』のアッパー素材が銀色のメッシュだったことだ。『テイルウインド』が銀色だったのは、より未来的でハイテクノロジーであることを印象付けるためだった。銀色の染料には金属の粒子が含まれていた。その金属の粒子がアッパーとソールを引き剥がしていたのだ。
『テイルウインド』はその後、銀色はそのままに、アッパーの素材をメッシュからナイロンに変えることで、この問題をクリアーしたのだった。
また、『テイルウインド』はランナーに対する受けもあまり良くなかった。「エア」を搭載しているため、従来からあるナイキのスニーカーよりも重量が重く、ランナー達はおいそれとは取り入れることができなかった。価格も通常のモデルに比べて、割高だったこともランナーを遠ざけた一因だった。 |

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加水分解でボロボロになったミッド・ソール |
しかし、『テイルウインド』のセールスはひどいものではなかった。革新的な発明は一部の人たちには十分魅力的に映ったからであろう。売上といった数値の結果だけではなく、『テイルウインド』は「エア」を搭載することによって、ナイキというシューズメーカーをあまりスポーツに関心のない人々に対しても知らしめることになった。
そして、その後「エア」の認知度とともに著しく成長するナイキにとって重要なターニングポイントとなったスニーカーといえる。
なお、写真の『テイルウインド』は「ヒノデヤ」からお借りしたものだ。ご覧のようにウレタンの加水分解によって、「エア」がむき出しになっている。
加水分解は湿度が非常に関わってくる。湿気の多い日本では、加水分解を逃れた『テイルウインド』に巡り合うことは非常に難しいことだと言える。
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ヒノデヤ
住所:東京都千代田区三崎町2-13-1
TEL:03-3261-1897
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