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『フォレストヒルズ』について
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1954年から水道橋でお店を構える「ヒノデヤ」のコラム。70年代から90年代までのデッドストックスニーカーの在庫数は圧巻。
そんな、デッドストックスニーカーを数多く保有する「ヒノデヤ」店主のお気に入りのスニーカーを紹介。
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「今回、紹介しますのは『フォレストヒルズ』です。『フォレストヒルズ』は1970年代終わりのテニスブームによって非常に売れたモデルです。私の店でも白×水色モデルは本当に良く売れました」
当時、テニス界はジミー・コナーズ、ビョン・ボルグ、そして“悪童”ジョン・マッケンローと実力もスター性も兼ね備えたプレイヤーが活躍する黄金時代を迎えていた。 |
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「ボルグのファンだったんですよ、当時の私は。だから、ボルグの履いていたディアドラが本当は欲しかったです。けれど、ディアドラはイタリア製なので当時は高くて買えなかった」
『フォレストヒルズ』は日本製なので、ディアドラに比べるといくぶん安かった。また、日本製ということもあって、イタリア製のディアドラと比べると日本人の足型に合っていた。
「『フォレストヒルズ』は何といっても履きやすかった。デザインもシンプルで何にでも合わせやすかった。アッパーの素材もレザー、メッシュ、キャンパスと種類も豊富だった」 |
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ナイキと契約していたマッケンローも『フォレストヒルズ』を使用していた。その後、『チャレンジコート』を履き、引退前は『エアトレーナー1』というクロストレーニングシューズを履いてプレイしていた。
「当時の日本のテニスコートって、クレーコートよりもハードコートの方が多かった。ハードコートだとソールのヘリが激しくてね、私もテニスをしていたからそれで何足も履き潰しましたよ。5足は『フォレストヒルズ』を履きましたね。その上、ハードコートだと足にかかる負担も大きくて、マッケンローと同様に私も最終的にはエア入りのスニーカーをテニスで使用することになりました。でも、飽きのこないシンプルなデザインは今でも強い魅力を感じてしまいますね」 |
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なお、こちらで紹介した『フォレストヒルズ』は「ヒノデヤ」で販売しているので気になる方は直接、お店までご連絡下さい。
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ヒノデヤ
■住所:東京都千代田区三崎町2-13-1
■TEL:03-3261-1897
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