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さまざまなメディアにその名前が登場し、時代の寵児というような代名詞で語られる佐藤さんですが、それゆえこの企画で何を話してもらおうか、実はまだ決め切れていないんです。そこで、ふたつのテーマをもってきました。そのどちらにするかを決めてもらおうと……。 |
| 佐藤: |
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……(笑)。 |
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ひとつは、いかにして今日の佐藤可士和が出来上がったのか、その原点を探る“可士和少年史”。もうひとつは、過去のお仕事の中から佐藤さん自身が選ぶ“メモリアルワーク・ベスト3”。さて? |
| 佐藤: |
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なるほど(笑)。仕事の話はいろんなところでさせてもらっているので、今日は“少年史”のほうで。 |
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個人的に興味のあるほうを選んでいただき恐縮です。それではさっそく始めます。生まれは、東京でしたよね。 |
| 佐藤: |
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ええ、練馬区です。石神井公園のすぐそばに住んでいて、家の前にキャベツ畑がありましたね。窓を開けて見える景色は、いまでも覚えてます。 |
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練馬といえば、東京23区のもっとも北西に位置していますよね。 |
| 佐藤: |
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23区の中の田舎ですよね。物心がつくようになると、都会の真ん中の情報に対する欲求をもつようになるけど、電車に乗ればすぐに行ける近さがあったから、都会に憧れを抱くことはなかった。あの頃の東京はいまよりずっと広い感じでしたよ。練馬なんてほのぼのしていて、誰もカツカツしてなかった。後から考えれば、練馬ならではの距離感がほどよいバランス感覚を養ったのかもしれない。これが六本木で生まれて、遊び場が渋谷や青山だったら、かなり特殊な子ども時代が形成されてたでしょうね。 |
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遊びに長けた可士和少年、ってのもそれはそれで……。 |
| 佐藤: |
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あの時代的に、もうまったく普通の感覚と環境で過ごした少年ですよ。 |
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どんな子どもでした? |
| 佐藤: |
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体は小さかったけどすごくパワフルで、あちこち飛び回ってました。あと、おしゃべり好き。 |
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それ、意外です。世間に露出されてる佐藤さんのポートレートからは、そのイメージは希薄ですよ。無口で、どちらかといえば怖そうな感じです。 |
| 佐藤: |
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怖そう、ですか? 怖くないのになあ(笑)。イメージはどうあれ、コミュニケーション好きじゃないとこの仕事はできませんからね。 |